2011年5月28日土曜日

メモ(人生)

モンテーニュ「エセー」

モンテーニュに言わせると、日々を生きること、これこそが最も大切だという。人生で最も大切なものは、日常生活だとまで言い切る。栄達でも財産でもない、健康ですら二の次にして、いかに毎日を満ち足りたものにするかに心を配れと説く。巨大な事業であれ、健康的な肉体であれ、日常を充実させるという意義において意味があるという。つまり、いくら立派な仕事をしても、どんなに健康だったとしても、その人の毎日が悲惨だったり、基本的な欲求を犠牲にしているのであれば、まったくもって無意味なんだと。

 この言には、かなり勇気づけられる。「わたしは人生を無為に過ごした」とか、「今日はなにもしなかった」などと悩む人は愚か者らしい。それよりも、まず今まで生きてきたことに目を向けさせる。カエサルを手本にするのではなく、自分を見ろというのだ。

メモ(展覧会)

これも自分と認めざるをえない展

自分の主体と、社会的な個人のギャップ。
しかし、どちらも自分である。
社会的な個人のほうがより、特定的に自分を認識力している。
テクノロジーや、いくつかの分類によって。

不思議
多様な事象を分類して、それぞれまとめて見る。
似た事象が集まると多様な性格はなくなり、属性が明確になるが違和感が生まれる。
カテゴライズの過激な面白さ。

作品:Exactitudes
アーリ•フェルスラウスとエリー•アウテンブルーク

大企業では落ちこぼれ

全うな大人の企業では落ちこぼれと言っても過言ではない、
でも、彼らほど熱心に仕事に打ち込み、趣味にも多才で、人間味に溢れるキャラクターをもつ人物はあまりいないように思われた。

関係性の中での自分の価値が決まる。

関係性の中での自分の価値が決まる。

自分探しを自分の中に求めるのではなく、外を見よ。

人との関わりから、自分へもっと深く関われる。

世界の豊かさを知るために、学ぶ。
五感だけでは、世界を知るには不十分。

自分のセンスオブワンダーを探す。

自分の根本的な欲求を見つける。

なぜ建築が好きか、
デザインに関心があるか、
そのきっかけはなにか。
それきっかけを意識し続けることが大切。

動的平衡
変化し続けながら、バランスを保っている状態。

クリスト&ジャンヌクロード

クリスト&ジャンヌクロード
プロジェクトを実現させる難しさ
議論を巻き起こすこと
ものを変容させてものの見方を変える
複数のレイヤーでものを見る

ほんとうの発見とは、未知の風景を求めることではなく、新たな目を持つこと

ほんとうの発見とは、未知の風景を求めることではなく、新たな目を持つこと
——新たな目を持つこと、別の目、別の百の目で宇宙を見つめ、それぞれの目に映る百の宇宙を見ることにある。われわれはそれをルノワールやドビュッシーの作品に見ることができる。このとき、われわれは紛れもなく、星から星へと旅しているのだ
 (マルセル・プルースト)

不確実性に対して期待する。

不確実性に対して期待する。

パブロフの犬の実験
ベルを鳴らしてご飯はをあげていると、ベルを鳴らすだけでヨダレがでる。

その後の猿の実験
ある刺激を与えてジュースをあげると、ジュースをもらう時にアドレナリンが出るが、そのうちジュースがもらえるのが確実だと分かると刺激に対してアドレナリンがでるようになる。
さらに、ジュースがもらえる確率を50パーセントにすると、刺激を受けてから結果が分かるまでドーパミンが出続ける。
不確実なこと自体が報酬になる。

自分がどんな時にドーパミンが出るか知っておくと、強い。

安全基地を知っておく。
どこまで保障されれば、冒険出来るのか。

根源的な問いには、

根源的な問いには、
理論的には答えられない。
ダメなものはダメ。

なぜ生きるか考えてしまうのは、現代人の弱さ。

夢と現実

夢と現実
夢を持ちつつ、そのために行動をしていなければ、夢が大きくなりすぎてしまう
感覚と運動のバランスが崩れていく
ロマンチックになり過ぎる

運動(表現)から感覚(学習)へ
感覚から運動へ
ループを回す
繰り返し、繰り返しループを強化していく

表現

表現

なにが言いたいか考えていても分からない
書くこと、言うことで初めて自分の考えていることが分かる

自分自身との対話は、外を一度経過しないと完結しない

限界

限界

なにがあるか分からない。

決め付けるな !

限界は決めない。
自分が何者であるかを決め付けるな。歳をとる。

自分で評価する。
しかし厳しくなきゃダメ。

他人は自分とは違う。
同じ評価軸では判断出来ない。

自分がどういうものかを知っていること
=わかった気になっている
限界を決めている
諦めがつくと、楽だから、辛くないから
成長の妨げ

脳はオープンエンド

脳はオープンエンド
ひとはいつになっても学べる
終わりはない

「メタファー」力を鍛えるためには、日常的に様々な連想を働かせることが大切です。自分で自分になぞ解きを課す。

「メタファー」力を鍛えるためには、日常的に様々な連想を働かせることが大切です。自分で自分になぞ解きを課す。

たとえば、ホテルの部屋のセキュリティに絶対必要なのが「鍵」だとしたら、パソコンでそれに相当するものは? 答えは、「パスワード」。あるいは海の上に「船」が浮かんでいるとして、インターネット上には何が浮かんでいる?

最初は単純なたとえから始まって、徐々に難易度をあげていく。「AならばB、ではCならば?」というように。

「創造性」を生み出すのに適した作業は、「メタファー」、つまり「隠喩」です。日本では、あまり日常的に用いられることはありませんが、欧米では会話においても文書においても、「メタファー」を駆使できるかどうかは、その人の創造性を判断する決め手ともなっています。

「トーク・スルー」(talk through)のテクニック。アイデアを創出する際、自分の中で熟成する前に、他人に話してみるというもの。

「トーク・スルー」(talk through)のテクニック。アイデアを創出する際、自分の中で熟成する前に、他人に話してみるというもの。

「トーク・スルー」のポイントは「生煮え」でいいという点です。人に話す前に完璧でなければと思う必要はない。マーケットを把握していなくてもいい。とにかく人に話すことが重要です。

脳にとっては、言語も一つの運動です。とにかく一度出力しないことには、自分が本当に考えていることや、潜在的な可能性も見えてはこない。情報のインプットとともに、アウトプットも恒常的に行わないことには、その考えが真に自分のものとなることはないのです。

分野を横断する議論が出来るということ

分野を横断する議論が出来るということ。

根本的な、普遍的な議題で話をすることだと思っていたが、そうではなく、
総合的な学問があるから出来る高度なこと。

他の分野への関心が高く、知識も十分ある必要がある。

一方で、一つの分野で鍛えた知性は、ほかの分野でも応用可能でもある。

脆弱性に どう対処していくか。

脆弱性にどう対処していくか。

多様な価値観を認める。

脆弱性を互いに補い合う。

単一原理は破綻する。コンピュータでも出来る。

多様なコミュニティに属すると、利他性が生まれる。
他人のためになにかするというのはもっと深い喜びを感じること。
ミラーニューロン

総合的な知性

総合的な知性は、。独創性につながる
いかに生きるべきかの問題。

どう選択するか、どう生きるかを決める時に総合的な学問が大きな影響を与える。
だから、総合的な知性がないと転職しようとしても同じ業種を選ぶ。

一番必要とされるものは、一番難しいもの。

天才は努力の仕方を知っている。

下から目線は強い。
最悪生きて行くことが出来るというものがあれば、なんだって出来る。

直感力を高めるための総合的な学問。

段取り無視。

段取り無視。
机の上を整理するな、
キリがいい時間で始めるっていうのは無し。
環境を整える必要は無い。

やろうと思ったら、一秒後にはやる。
それも全力で。

即断即決!

根拠の無い自信。

根拠の無い自信を持つ。

他人と比較して優劣をつけるのはくだらない。

自信を裏付ける努力をしていることが前提。

じっと見る

じっと見る

長谷川等伯の正琳図
日本人が1番好きな水墨画として知られている

伊勢神宮の美しさ

鑑賞の仕方
好きなものは何時間でも見る
何時間でも見られるものを見つける

青山次郎
小林秀雄が天才と認めた

どう生きるか、
多様性を認める

メモ(友)

良い友を見つけたい。

自分とはタイプの違う友。

職種の違う友。

才覚のある友。

メモ(科学的)

仮説を立てて、検証する。
身につける(学ぶ)べき、科学的な方法論。

否定に対しての態度
ムキになって、手を振って反論するハンドウェービング。

問題点
盲目的。
スター化。
センセーショナリズム。
科学的態度の欠如。

メモ(対象)

どんな人と仲良くなれるか、
自分の好きなタイプではなく、自分を好きになってくれるタイプを知り、アプローチしていく。

真似る。役になりきる。

本物や、一流に触れる。

メモ(判断)

『第1感』マルコム・グラッドウェル著から

選択肢が多すぎると、無意識の処理能力を超えてしまって、
麻痺してしまう。
そうすると、瞬時の判断を下せなくなる。
直感的にいいと思っても、
情報が多いとあれこれ考え込んで動けなくなる。

情報が多いほど適切な判断が出来るというのは間違い。
情報過多が判断の邪魔をする。
複雑な現象の下に隠れているサインを見つけるには、
本当に必要な少しのことが分かればいい。

余計な情報はただ無用なだけでなく有害でもある。
問題をややこしくするからだ。
情報が増えるほど、正確さの自信は高まるが、
本当に正しい答えは増えない。

必要以上に情報を集めるのは、自信を持つためだった。
自信を持とうとすればするほど、
正確な判断が出来なくなる。
そのため、余分な情報から自分を守ること。
情報の節約が欠かせない
=情報の編集(何を見て判断するか)


私たちは瞬時の認知という自分の力に無頓着なことが多すぎる。
そのため、無意識から生まれたものを変質させたり、
台無しにしたり、偏見で歪めたりする。
ちょっとしたものの多大な影響を認める必要がある。

あるいは、瞬時の判断を鵜呑みにしすぎる。
無意識の中からわき上がってくるものは制御出来ないように思っているが、
そんなことはない。
それは経験とスキルによって制御していける。

メモ(言語化)

『第1感』マルコム・グラッドウェル著から

言語化するとひらめきが著しく損なわれる。
「言語による書き換え」が起こるからだ。
右脳のイメージが左脳へ置き換わると、
どんなふうに「見えた」かではなく、
どんなふうに見えると「言った」かの記憶になる。

スポーツの世界では、
分析していたら運動能力が麻痺するという。
考えていたら体が動かない。
流れが失われるから。
そこには流動的で直感的な言葉にはできない、
微妙な部分があるのだ。

メモ(ひらめき)

『第1感』マルコム・グラッドウェル著から

適応性(的)無意識
大量の情報を無意識的に高度で効率的に処理する。

瞬間認識=ひと目で見抜く力
「輪切り」にして情報を断片化して、
断片的な情報から本質を見つける。
「輪切り」とは状況の表面化に瞬時に潜り込む能力

あまりにも多い情報は意識的に処理できない。
いくつかに断片化していって、その断片化された情報をつなぎ合わせて処理する。

外見があまりに多くの情報を力強く伝えていると、
正常な思考のプロセスが途中で遮断される。

その人の部屋を見ると、断片的な情報であっても、
その人を正しく分析できる。

説明できないことをでっちあげてもっともらしい答えで取り繕ってしまう。
(悔しさや、惨めさから自分を守るために)
さらにそこで説明しすぎて妙な理屈になってしまう。

私たちはあるものをなぜ好きなのか、
あるいは嫌いなのかについてもっともらしい理由を思いつき、
本当の好みをその理由に合わせてしまう傾向がある。

メモ(今)

将来どうなるかを考えて今を生きるのではない。
今をいかに生き抜くかを考え、実践していくこと。

考えることは後でも出来る。
まず作って、後から考える。

先に考えると、それを伝えるために、いろいろ余分なものを付け加えすぎる。
そうすると、自分が分からなくなってしまう。

なにがいいか考えて決めると分からなくなる。
まず先にやってみて、向いてるなら続ければいいし、向いていないなら辞めればいい。
そうやって発展させていって自分のやりたいこと、向いていることを見つける。
考えて探すのではなくて、やりながら見つける。

身につけるべきは、知識でもスキルでも経験でもなく、
行動力。

メモ(独創)

ルーティーンは、新たな創造を生み出す。
歩き慣れた道は、真新しいものがないから、思索に専念できる。
→哲学の道
反復から生み出される逸脱

『クリエイティブな習慣』トワイラ・サープ
規則正しい生活から、
独創が生まれる。
知識、経験から引き出す独創。
あえて前回の作品とは全く正反対の作品にチャレンジする。

メモ(普通)

普通であると思うべき、
というよりも本当は誰もが普通。
色眼鏡で自分を見るのをやめて、
普通であることを認めてから始める。

メモ(覚悟)

やる気になればいつでも始められる。

覚悟を決めいていないやつはなにも成せない。
逃げで選択するのではなくて、自ら一番いいと思って選択する、
その選択をする時の覚悟が大切。

メモ(機会損失)

希少資源
時間の分配が一番重要。

1日家でボケッとしてるのにどのくらいのコストがかかっているか、

時間資源<資金

機会費用
機会損失
なにかをしてるときに、本当は別のことが出来たはずなのに、それを諦めてしまったときのコスト

メモ(選択)

すべきことではなく、
やらないことを決める。

的を絞り、やらないことを明確にする。

やることをしぼった人は強い。
自分なりの理由を見つける。

才能を強みにするための知識と技術。

富士山を登るのに、
麓をウロウロしていても頂上にたどり着けない。
コースを決めて、登っていかなきゃ行けない。


『カンブリア宮殿』
やらないと決めたことに挑戦する、それが自分をイノベーションさせる。
あえて、掟を破ることで、自分を次のフェーズに持っていく。
これも困難さなのだろう。

探すより選ぶほうが大変な時代。これでよかったのかと悩むな、決めたら、やれ。
よかったのか、悪かったのかは後で分かること。
間違ってないかどうかはこれから自分がつくる過程から判断する。

むしろ満足しないほうがいい、
ハングリーでいられるように。
足りないと思うから頑張れる。

メモ(旅)

旅をするときには十分な下調べをする。
そうすると、体験がより新鮮になる。

旅をするにあたっては、必ず目的意識をもつこと。
そうすると、収穫は何倍にもなる。

建築、都市、なんでもいいなにかを見るときはスケッチする。
そうすると、発見は沢山あって、ずっと深くものを見ることが出来る。

メモ(卒業制作)

携帯電話のメモから
悔しい !
自分の力の無さ、不甲斐なさに。

悔いが残る、卒業制作

アイディア、コンセプト、プログラムはよかった。
でも、それを表現しきれない、無駄にした自分が腹立たしい !
情けない !

表現することの大切さは分かっていたのに、

今回身をもって、感じることが多かった。

今の気持ちを忘れてはいけない。

さらに、じゃぁこれからどうするか、
悔いていてもなにも始まらないし、よくならない。
この設計をなんとかやりきって次に進もう。

メモ(3776)

太陽が昇っていく。

次第に
あたりが色彩を帯びていく。

黒と褐色の大地には、
生物の気配はなく、
静かにただ存在感を増していく。

今にも消えてしまいそうな白や、
地面に落ちていきそうなほどの重さを持った白、
あるいは、黒や光り輝く橙色、
太陽に照らされてさまざまに表情を変えていく雲。

空の青色はまるで
すぐ目の前に
2次元の面のようにのっぺりと、
しかし、どこまでも吸い込まれそうなほどの深度をもって
広がっている。


ついにここまでやってきた。

日本で一番空に近い場所。


降りるにしたがい、その実感が沸いてきた。
振り返るたびに、徐々にその山の大きさが分かってくる。
そして
眼下には、雲海が見渡すかぎり広がっている。


急に、
辺りを真っ白に覆い隠す雲が通り抜けていく。

雲の全体は分からない、
しかし、そのディテールも、緻密という言葉では収まらないほど、
いくら踏み込んでもつかみ取れない。
まるで、水の分子を見ているような気になる。

そうしているうちに、
あたりがはれ、
再び、圧倒的なスケールが迫ってくる。


あそこは確かに、
富士山頂だった。

メモ(世界感)

常に今しかない。
明日になれば、
明日の自分が”今”すべきことをしているのだろう。

過去にしばられない、
未来にとらわれない。
だからといって、
今に固執しない。
もっと自然に、

自分の世界は、
自分で描くフリーハンドの線でかたちづくられている。
だから、今ここから手の届く限り
ただ思いっきり大きく描いてやればいい。

メモ(桜)

ふと、
ひらひらと舞う
桜の花びらの美しさのなかに
蝶の舞の美しさを思う

しかしあるときは、
蝶の舞の可憐さに
散りゆく桜の儚さを思う

メモ(外国語)

日本語以外の言語を使いこなせるようになる。
そうすると、どんな感覚か体験してみたい。

思考のツールは言語である。

外国語を日本語を使わずに理解できるとすると、
それはどんな感覚か?

数学の世界はそれに近いかもしれない。
数式のみで理解する。
違う脳を使うような感覚。
普段は意識しないけど、
改めて考えても、
どうやって理解してるか分からない。
1+1=2はなんでこうなるか数学的に考えるとさっぱり分からない。
でも、なぜか分かってるんだよね。当たり前に。

なにかを見て外国語としてそれを認識すること。
日本ではなくその言語の外国においてはそうなるとして、、
それはまるで違う人間みたい。

自分であることは当たり前のこととして理解してるけど、
なぜかを考えるとかなり難しい。
ってのは、関係ない話だけど。。

例えば、
雪を表す言葉は雪国ではたくさんあり、
南国ではひとつ。
雪の見方が変わる。

昔日本人は裸に興味がなかったから、体とか部位を示す言葉が少なかった。日本人は服装も含めて人としてたから、服を示す言葉は多かった。
ってのも、あまり関係ない話だけど。。。

そういうのを意識してみることで世界は変わる。
でも、その言語だけでは意識することが難しい。

よく日本を離れると、日本のよさが分かると言われているようなこと。

世界の言語がひとつに統一されたら、そんなつまらないことはない。

外国語が使えれば、
記号が2倍、音が2倍、、
世界が2倍。

メモ(脳科学)

現代の脳科学では、
人間の意思はない。
っていうのがかなり優勢。

自分の意志で自由になにかをする。
でもそれは、脳が勝手にやっているだけであって、
後から「自由にやっている。」と、
脳に認識させられているだけかもしれない。ということ。

つまり、脳は無意識の内にウソをついていて、
その嘘をついている脳に
自分で騙されていてそれに気づいていない。

脳に楽をさせない意識が必要。

メモ(確率)

『確率で言えば』

ポーカーの世界ではジョーカーの有無によって不思議なことが起こる。序列あるはずの世界が、ジョーカーによって序列のつかない世界になってしまう。ジョーカーによって確率と手のでやすさの関係が崩れてしまうという。

人生の営みはゲームに似ているが、
時として曖昧な規則によって支配されている。
例外、はったり、ジョーカーのような役割のものであるが。

前向きな結果は比較的確率は低いのは当然で、そのため価値があるとされている。
だが、その達成をみんなが求めると、その結果は生じやすくなり、価値は低くなってしまう。
人生においてはっきりとした順位はつけられないが、
結果に順位をつけるとするとそれによって順位が乱れ、価値の逆転が生じてしまう。

数学者は言う。
人生は自分で価値の決められるジョーカーでみちあふれているのだ。

メモ(思想)

アンドラ
ピレネー山脈の羊飼い
「多くを求めてはいけない。
求めるものと与えられるものがつり合わなくなる。
求めすぎるともっと欲しくなる。」

メモ(作品)

あるものを下地にして自分のイメージを重ねていく。
下地は実在するものや歴史にある。
自分の世界観を作り上げる。

作品をトレースすることは意義がある。
現代では、作品の根拠は弱くなっている。
情報の加工、アーカイヴのサンプリング。
近代では、作品の質を加工していた。
作品自体が力を持つ。

物質の形態そのものの持つ意味。
リテラルな物質性。
コンセプチャルであることを超えて、
そのものの価値を高めることが必要。

20世紀は、主題(テーマ)の世紀
テーマが出尽くして、
21世紀は方法の世紀。
例えば、オフサイドトラップはあるルールが生み出した、別の面白さ。

原広司
「謙虚にならなければいけない。」
「建築に教養は必要じゃない。」

山田幸司
「デザイン力ではなく、仕事としてどう成り立たせるか。」

問いの共有ができるか、
それが面白さにつながる。
自分と他者をつなぐ。

誰かのマネではなく、
自分の強みを生かせる、自分のやり方を見つける。

メモ(音楽)

音楽はスコアを見てテーマやメロディを探す。
例えば、あるメロディが、他でそのまま繰り返されていたり、
ひっくり返っていたり、2倍でのびていたりなど、、

形式化されたものはつまらない。
例えば、バッハはフーガをつくったわけではなく、
後に抽象化、形式化してフーガを生み出した。

坂本龍一
作曲の95%は引用。
歴史を学ばなければ作曲はできない。

メモ(問題解決)

理論的にうまく処理できない難問を扱うときに、
いずれも採用が不可能な二つの極端な解答を並置することによって、
回答の選択可能性の「幅」を決定するというのは、
ひとつの便法である。
その中間のグレーゾーンの中に回答がある。

メモ(サイード)

テクスチュアルな姿勢=本に書いてある内容をそのまま現実に当てはめる態度。
例えば、マニュアル本とは本の権威を頼りにして体験をシュミレーションしてみる。
サイードはテクストの組織的な権威を好むのは、人間に共通する弱点と主張。

テクスチュアルな経験は、体験のインパクトは弱まり、
体験から事件性を奪ってしまう。

「危機的」状況において、旅行のガイドブックのおかげで不安が減る。
しかし、本の内容を抜きにして、なにも体験できなくなるという弊害もある。
本来の「見る」→「知る」であるはずが「知る」→「見る」への逆転が起こる。

「テクスチュアルな姿勢」が有効になる時は
「それで成功がもたらされたとき」
到底できないと思われていたことがうまく処理できたとき。

著者の本は、読者がこれから体験することに影響を与えるが、
読者がその体験をし終えると、今度は読者の体験が、
著者の次の本の内容に影響を与えている。

エピソード
ある西洋人のオリエントに関する書き物は、
それを書いた「特定の作者の独創性」の産物のように見えて、
実は「言説の実体としての存在の重み」の産物にすぎないということになる。

メモ(ラカン)

エピソード
相手を知るには同じ表情、仕草をしてみる。
そうすると表情にふさわしい考え、仕草にふさわしい性格を自分も体験できる。
→分析的な知

非分析的な知は自分を標準化して、相手に当てはめようとする。

内は外から制御される。

『盗まれた手紙についてのセミナール』
対象をあんまり近くから見つめるせいで、よく見えなくなっている。
=深く考えすぎる。

真理は必ずしも井戸の底にあるわけではない。
真理よりももっと大切な知識は常に表面的なもの。

ひとつのレイヤーで分析するのではなく、
多数のレイヤーで様々な深さで分析するべき。

メモ(松岡正剛)

知ろうとすること
知ろうとした時に、内に生まれる空ができる。
空に向かって流れが起こる。
空を生み出すことが知ろうとすること。

知りすぎると身動きが取れなくなる。
知にはあるべき場所があり、
その場をリンクさせると知に動きができる。
自分なりの知のマップ

17世紀までは読書は音読のみであった。
図書館には声を遮断するための個室があった。
音読(話すこと)と聞くことで、知を共有できる、
見えない本で知を共有することと同じ。
→イマジナリーブック
声さえあればそこに本があることと同じ

力を使い切った後に入るギアがある。
見えるものがある。
夢見心地で絵や文章を書くと無意識の表現ができる。
意識的にはできないものを表現する。
(シュルレアリストのオートマティシズム)

メモ(ウォーホル)

『ぼくの哲学』

起こることは起こる。

もう要らないと思っている時に手に入る。
欲しい時に手に入るとクレイジーになっちゃう。

お天気の素晴らしい日は外は人混み。
でも、雨の日はみんな外になんか出たくない。
そういう時にひとりだけ外に出て歩き回ると、
ストリートは自分だけのものという贅沢。

みんなが要らないと思って捨てても、
面白いものになる可能性がある。
残り物にはユーモアがある。

残り物には多分いいものはないだろう。
けど、それを拾ってよくすることも出来るし、
少なくとも興味あるものに作り替えることが出来る。
そうすれば、無駄を無駄のままにしないでいられるんじゃないかな。

作品をリサイクル、
他のビジネスの副産物で自分のビジネスが出来る。
それがとっても経済的で一番面白い。
残り物というのは本来面白いものだから。

「不感症の人は成功する」
そういう人はたいていの人にある、
抑圧しようとする気持ちがないから。

メモ(アート)

マルセル・デュシャン

ロバート・スミッソン

フェリックス・ゴンザレス=トレス

リクリット・ティラヴァーニャ

ゴートン・マッタ=クラーク

メルヴィン・チャーネイ

クリスト & ジャンヌ=クローネ

フランシス・ベーコン

ジョン・ケージ

ロバート・ラウンシェンバーグ
「消されたデ・クーニングのドローイング」

メモ(旅)

トルコ
カッパドキア洞窟群

ボリビア
ウユニ塩原
雨と夜空

イタリア
カステルヴェッキオ美術館
ブリオン家墓地

北欧建築

ブラジル首都
ブラジリア

メモ(建築)

スイスの重要な建築家
H & de M
ピーターズントー
ディーナー & ディーナー

バーナード・チュミ
ディスプログラム

ミッシェル・フーコー
作品とは?
「完成=終わり」幻想である

馬場正尊
建築家が出来るメディア戦略の可能性

カルロ・スカルパ
ブリオン家墓地
カステルヴェッキオ美術館